科研コラム科研コラム

#9 ハム、ソーセージに関する国際がん研究機関IARCの発表(2016年1月号)

ハム、ソーセージに関する国際がん研究機関IARCの発表
10月27日、日本経済新聞の夕刊に、「加工肉「発がん性ある」WHO,過剰摂取に警告」、の見出しで記事が報道された。世界保健機関WHOの専門組織、国際がん研究機関IARCが、加工肉について「発がん性がある」と分類したことを報じたもので、その後全国紙が同様の報道をしたこともあり、ハム、ソーセージ等加工肉の安全性に対する消費者の不安を招いた。
IARCの今までの発表してきた内容、その分類の意味を理解している専門家にとっては、IARCまたやったなとの感想を持ったかもしれないが、一般消費者、関係業界に与えた影響は計り知れないものがある。その後、各週刊誌、主要全国紙は、日本においては通常の食生活において、発がんのリスクはほとんど無いと報道しているが、いつも、タイトルが「ハム、ソーセージの発がん性」と書かれるので、消費者の不安を払しょくするには至っていないのが現状であると思う。
IARCは、がん研究の国際協力を推進する専門機関で、発がんメカニズム、予防、栄養と代謝などの独自研究を行うと同時に、世界中のがん研究成果をデータベースに登録し、種々の発がん要因の評価結果を要約、発がんに関する証拠の確からしさを基に50年間におよそ1000要因の分類を公表している。
分類は、次のとおりGroup 1から Group 4とし、
Group 1は、ヒトに対して発がん性がある、ヒトにおいて「発がん性の十分な証拠」がある場合。
Group 2Aは、ヒトに対しておそらく発がん性がある、ヒトにおいて「発がん性の限定的な証拠」があり、実験動物において「発がん性の十分な証拠」がある場合。
Group 2Bは、ヒトに対して発がん性がある可能性がある、ヒトにおいて「発がん性の限定的な証拠」があり、実験動物では「発がん性の十分な証拠」があると言えない場合。
Group 3は、ヒトに対する発がん性について分類できない、ヒトにおいては「発がん性の不十分な証拠」であり 実験動物において 発がん性の不十分な又は限定的な証拠の場合。
Group 4は、ヒトに対しておそらく発がん性がない 、ヒト及び実験動物において「発がん性がないことを示唆する証拠」がある場合。
このIARCの分類は、証拠の確からしさと言う意味から、ヒトにおける明確な因果関係が認められれば、Group 1に分類されることになるが、喫煙、アスベスト以外に、飲酒、女性ホルモン、太陽光照射などもGroup 1に分類されている。この分類は必ずしも発がんリスクの強弱やがん死亡数の多さに比例しているわけで無いことに注意する必要がある。
IARC発表に対し、同月27日内閣府食品安全委員会は「「red meat」と加工肉に関するIARCの発表について」で次の見解を示した。
IARCは、発がん物質のハザードとしての特性を中心に解析を行い分類しており、この分類は、発がん性を示す根拠があるかどうかを重視し、ハザードの毒性影響の強さやばく露量が及ぼす影響(定量的な評価)はあまり考慮されていない。今回の評価をもって「食肉や加工肉はリスクが高い」と捉えることは適切でないと考える。食品のヒトの健康影響については、リスク評価機関におけるリスク評価を待たなければならない。
一方、国立がん研究センターは、1995,98年に、全国10保健所管内に住む、45~74才のがんや循環器疾患の既往のない約8万人の人を、2006年まで追跡した調査結果にもとづいて、肉類の摂取量と大腸がんの発生率との関連を調べた多目的コホート研究「赤肉・加工肉摂取量と大腸がん罹患リスクについて」を公表しており、追跡開始時におこなった食習慣についての詳しいアンケート調査の結果を用いて、肉類の総量や赤肉(牛・豚)・加工肉(ハム・ソーセージ等)の1日当たりの摂取量を少ない順に5グループに分け、その後に生じた結腸・直腸がんの発生率を比べた。その結果、男女ともにおいて加工肉摂取による結腸・直腸がんの統計的に有意な結腸・直腸がんのリスク上昇は見られないとしている。
このように、冷静に科学的な評価をしていくと、我が国においては、ハム、ソーセージについて何ら問題のないのに、欧米等多食する消費者と同列に評価され、あたかも我が国まで危険と捉えられる公表の仕方は如何なものかと言わざるを得ない。
疫学調査の結果についてはもっと慎重に評価を行ってもらいたいと思うとともに、このような風評被害的なものについては、いろいろなメディアを通じ消費者に対し、栄養学的に加工肉の含む良質なたんぱく質、ビタミンB群,鉄、亜鉛等の重要性を理解してもらい、安全性については辛抱強く科学的な根拠を基に説明していく必要がある。

一般社団法人食肉科学技術研究所 専務理事 森田邦雄