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#12 加熱食肉の赤色現象はなぜ生じるか?(2016年4月号)

食肉の色調は、食肉中の色素タンパク質であるミオグロビンに依存している。ミオグロビンの構成要素はヘムとグロビンであり、さらにヘムは鉄とポルフィリンから構成されている。これらの構成要素の中で色調に直接関与するのは鉄であり、鉄の状態によって食肉の色調は変化する。例えば、新鮮な生肉では鉄は還元状態(2価)で赤色を呈するが、メト化された生肉あるいは加熱された食肉では鉄は酸化状態(3価)で褐色を呈する。
鉄以外のミオグロビン構成要素も鉄の状態に影響することから間接的に色調に関与する。タンパク質であるグロビンは生体においては鉄の酸化を防止している。しかしながら、加熱によってグロビンを変性させると、酸化防止作用が失われることから鉄は酸化されやすくなる。この結果、加熱肉は鉄が酸化された結果として褐色となる。

塩漬食肉製品の発色機構

一方、塩漬食肉製品の安定した桃赤色は、発色剤として使用した亜硝酸が還元された一酸化窒素とミオグロビンとの反応によってニトロシルミオグロビンとなり、さらに加熱によって塩漬食肉製品の安定的桃赤色誘導体であるニトロソヘモクローモーゲンの形成によるものである。

加熱食肉の赤色現象

前述のように、塩漬工程のない、すなわち、亜硝酸塩を使用しないハンバーグ等の食肉製品や精肉においては、一酸化窒素が存在しないこと、また、十分な加熱によって食肉中のミオグロビンが熱変性するのでニトロシルミオグロビンが生成されず、赤色を呈しない。しかし、昔から時に十分な加熱後も赤色を呈することがあり、消費者からのクレームの対象となってきた。この件に関して、最近は、当研究所への問い合わせも増加している。従来は、その原因を製品製造の過程で用いられる野菜等に含有される硝酸塩に由来する亜硝酸とミオグロビンの反応によるものと説明されてきた。しかし、明らかに亜硝酸の存在しない条件下、あるいはミオグロビンが加熱変性した後にも関わらず赤色が生じることもあり、既存の知見からは説明し得ない場合が多々生じている。

加熱食肉の赤色現象の原因

この原因を前述の鉄やグロビンの状態から説明できないであろうか?
タンパク質は一定の加熱によって変性することが知られている。ミオグロビンも同様の性質を示し、加熱後は変性するので鉄の酸化防止作用が失われ、酸化状態なるので褐色を呈する。ところが、食肉を十分に加熱した後でも変性しない耐熱性の未変性ミオグロビンが存在することが明らかになってきた。すなわち、加熱によって変性しなかったミオグロビンは、鉄の酸化防止作用を維持しているため鉄の還元状態が維持される。加熱後の食肉・食肉製品が赤色調を呈するのは加熱後も変性せずに存在する耐熱性のミオグロビン(未変性ミオグロビン)により、還元状態の鉄によって赤色を呈するものと考えることができる。
また、加熱などによりミオグロビンが変性しても鉄が酸素や光など酸化を引き起こす要因と接触しない環境にあれば、還元状態を維持できると赤色を呈することが可能となる。また、生体内には還元因子(ビタミンEやシステインのチオール基など)が存在することから、これらの還元因子がミオグロビンの変性によって酸化された鉄を還元状態に戻す可能性も考えられる。

結論

加熱した食肉あるいは無塩漬の食肉製品が赤色を呈するのは、試料中に存在する耐熱性の未変性ミオグロビンにおける鉄が還元状態にあること、さらに鉄が未知の要因によって酸化されにくい状態にあることに起因するものと推定される。加熱後の食肉に生じる赤色現象は、衛生的には問題ないが、消費者に不安感をもたらし、食肉加工品を扱う企業の信用問題となるので、消費者・製造業者にこの現象に関する正確な情報を提供することが重要である。そのためには、加熱肉における赤色呈色の現象をさらに科学的に証明する必要がある。
                                                              食肉科学技術研究所
服部 昭仁